「夏は牝馬」は本当か、「夏は芦毛」は迷信か
結論 — 片方は本当、片方は迷信
JRA総研の解析では、牝馬限定戦を除いた平地競走で、牝馬の複勝率は夏(7〜9月)に牡馬・セン馬とほぼ同じ水準まで上がり、それ以外の季節では低くなります。重賞に限っても、牝馬の勝率は夏がいちばん高い。新馬・未勝利戦に区切っても、芝でもダートでも、主要4場でもローカルでも同じ傾向でした。「夏は牝馬」はデータのある格言です。
いっぽう「夏は芦毛」。同じ研究所が夏のJRA全レースを毛色別に数えたところ、複勝率は芦毛(白毛を含む集計)22.1%、鹿毛22.0%、黒鹿毛系21.8%、栗毛系21.2%でほぼ横一線でした。熱中症の発症率にも毛色差はありません。白い毛は涼しそうに見えますが、走りには表れていませんでした。
牝馬は暑さに強い、わけではないという逆説
「夏は牝馬」の理由としてよく語られるのは「牝馬は暑さに強い」という説明です。ところが総研のデータでは、熱中症の発症割合はむしろ牝馬のほうが牡馬より高い。暑さに強いから夏に走る、という説明はデータと逆向きです。
体重の季節変動でも説明がつきません。牡馬は1月にいちばん重く8月に軽いのに対し、牝馬のピークは秋で、夏の好走と重なりません。研究者自身が「理由はさらに研究が必要」と書いており、機序は未解明のままです。2025年に総研へ取材した競馬メディアの記事でも、候補として性周期による飼養管理のしやすさを挙げつつ「データはまだない」という慎重な答えでした。
つまりこの格言は「現象は本物、理由は不明」という珍しい形をしています。ネットで見かける「牡馬は暑さで気合いを失う」「牝馬は生まれつき我慢強い」といった断定は、いまのところ裏づけのない後付けです。
で、買えば儲かるのか
競馬メディアの過去の大規模検証(1986年以降の7〜8月・牝馬限定戦を除く約2万レース)では、単勝回収率は牡馬67%に対して牝馬78%、複勝でも70%対77%と、たしかに牝馬が上でした。ただしどちらも100%には届きません。傾向は本物でも、オッズが先に織り込んでいるぶん、格言どおりに買うだけでは控除率の壁の内側です。
近年の個人検証には、月平均気温が20℃を超えるあたりから牝馬の成績が上がるという指摘や、逆に冬場(特に3月)は牝馬の回収率が大きく沈むという集計もあります。格言の実用的な使い道は「夏に牝馬を買う」ことよりも、「冬の牝馬を少し割り引く」ことのほうにあるのかもしれません。
なお、猛暑が限界を超えると牝馬の優位も消えるのではという個人検証の指摘もあり、JRA自体も暑熱対策で夏開催の時間帯を大きく動かしています。過去の集計が前提にしてきた「夏」が変わりつつあることは、頭の隅に置いておく必要があります。
夏の重賞27レースで数えてみた
全レース平均で牝馬が上がるとして、夏の重賞でも「とりあえず牝馬」でいいのでしょうか。当サイトの重賞メタ読み(128重賞×過去10年)で、7〜9月開催の重賞27レースを調べました。うちクイーンS・紫苑S・ローズSの3つは牝馬限定戦なので、「牝馬」という条件が意味を持つのは残る24の混合戦です。そのうち勝ち馬側のプラスの指標に入ったのは2レースだけでした。
ひとつはオールカマーで、過去10年の勝ち馬10頭中5頭が牝馬(勝てなかった馬では12.5%)。もうひとつはアイビスサマーダッシュで、勝ち馬10頭中8頭が牝馬です。ただしアイビスSDは出走馬の半分ほどが牝馬というレースで、混合戦で牝馬の斤量が軽くなる恩恵が直線1000mでは大きい、という構造の説明がつきます。
札幌記念も関屋記念も七夕賞も、残りの混合戦では牝馬は勝ち馬側のプラスの指標としては浮上しませんでした。「夏は牝馬」は全体の傾向としては本当でも、「夏の重賞ならどれでも牝馬」には翻訳できない——これが27レースを数えた結論です。勝ち馬側は各レース10頭前後の小さな標本なので、この結果も方向を見る程度に扱ってください。
芦毛の迷信はどこから来たか
芦毛は生まれたときは濃い毛色で、年齢とともに白くなっていきます。原因はSTX17という遺伝子の変異で、2008年にスウェーデンの研究チームが特定しました。白さは個体の特徴というより年齢の目盛りに近いものです。
ここに落とし穴があります。メディアの検証では、芦毛の複勝回収率は2〜3歳で72〜73%、5歳で65%、6歳で59%と、白くなる年齢ほど下がっていきます。「真っ白な馬は走らない」ように見えますが、加齢で成績が下がるのはどの毛色も同じです。白さと成績の関係に見えるものは、年齢の影響がまぎれ込んだものと考えるのが自然です。
そもそも競馬界には長らく「芦毛は走らない」という逆向きの言い伝えがあり、それを1988年のタマモクロスとオグリキャップが同時にひっくり返しました。スターの芦毛が続いた記憶と、白は涼しそうという直感が合わさって「夏は芦毛」が生まれた、と考えると筋が通ります。当サイトが2021〜2024年の4年・約18万頭で数えた芦毛の3着内率も21.1%で、全体平均21.9%とほぼ同じでした。
格言の使い方
まとめると、「夏は牝馬」は現象として本物、ただし理由は未解明で、買うだけでは儲からない。「夏は芦毛」はデータで否定されており、正体はおそらく年齢と記憶の錯覚です。
格言を消しの根拠に使わない、買いの根拠にもしない、使うとしたら冬の牝馬をわずかに割り引く程度——それが数字から言える範囲です。このサイトの数字はすべて過去の集計で、次のレースを保証するものではありません。